リスクマネジメントと取締役の責任(判例紹介)

1.取締役の義務

株式会社と取締役との関係は、委任に関する規定に従うものとされており(会社法330条)、取締役は、善良な管理者の注意をもって、委任事務を処理する義務(善管注意義務)を負うものとされています(民法644条)。
また、取締役は、法令や定款、株主総会の決議を遵守し、株式会社のため忠実にその職務を行わなければならないものとされています(忠実義務、会社法355条)。
そのため、万一、これらの義務に違反した場合には、取締役に法的な責任が発生する可能性があることになります。
もっとも、これらの義務の具体的な内容は、法律では明らかにされていませんので、取締役が業務を行う中で個別に検討していく必要があるものと思われます。
では、リスクマネジメントの分野において、取締役に何らかの法的な責任が発生する可能性はあるのでしょうか。
特に、大企業に関する裁判の事例から、中小企業におけるリスク管理体制の必要性を考察したいと思います。

2.リスクマネジメントに関する判例紹介

(1)リスク管理体制の構築義務違反の有無等が問題となった事例(旧大和銀行株主代表訴訟判決)

旧大和銀行株主代表訴訟判決(大阪地判平成12年9月20日)の一部をご紹介します。
この事件は、旧大和銀行ニューヨーク支店の従業員が不正な取引を行った結果、同銀行に損失を生じさせたことに伴い、役員の責任が問題となった株主代表訴訟です。
本判決で役員に巨額の賠償が命じられたことから社会の注目を集め、併せて株主代表訴訟などの見直しを議論するきっかけにもなりました。
この事件の中で、旧大和銀行のリスク管理体制の構築と役員の責任が問題となり、大阪地裁は次のように判示しました。
(他の部分や別事件の内容は割愛します。)

「健全な会社経営を行うためには、目的とする事業の種類、性質等に応じて生じる各種のリスク、例えば、信用リスク、市場リスク、流動性リスク、事務リスク、システムリスク等の状況を正確に把握し、適切に制御すること、すなわちリスク管理が欠かせず、会社が営む事業の規模、特性等に応じたリスク管理体制(いわゆる内部統制システム)を整備することを要する。そして、重要な業務執行については、取締役会が決定することを要するから(商法260条2項)、会社経営の根幹に係わるリスク管理体制の大綱については、取締役会で決定することを要し、業務執行を担当する代表取締役及び業務担当取締役は、大綱を踏まえ、担当する部門におけるリスク管理体制を具体的に決定するべき職務を負う。この意味において、取締役は、取締役会の構成員として、また、代表取締役又は業務担当取締役として、リスク管理体制を構築すべき義務を負い、さらに、代表取締役及び業務担当取締役がリスク管理体制を構築すべき義務を履行しているか否かを監視する義務を負うのであり、これもまた、取締役としての善管注意義務及び忠実義務の内容をなすものと言うべきである。」
「どのような内容のリスク管理体制を整備すべきかは経営判断の問題であり、会社経営の専門家である取締役に、広い裁量が与えられていることに留意しなければならない。」
※法令名や条文番号は、判決当時のまま引用しています。

(2)内部統制システム構築義務違反の有無が問題となった事例

上場会社において内部統制システム構築義務違反の有無が問題となった事例(最判平成21年7月9日)をご紹介します。
この事件は、Y社(旧東証2部上場)の従業員らが、営業成績を上げる目的で架空の売上げを計上したため、Y社の有価証券報告書に不実の記載がされていたところ、その後不正行為が発覚し、Y社が事実を公表した結果、Y社の株価が下落したことについて、公表の数か月前にY社の株式を購入したXが、Y社の代表者に従業員らの不正行為を防止するためのリスク管理体制構築義務違反の過失があったなどと主張して、Y社に対し、損害賠償請求をした事案です。
今回の事例に関する判決ではありますが、最高裁は、以下のような点を考慮して判断しました。

本件不正行為当時、
①Y社は通常想定される架空売上げの計上等の不正行為を防止し得る程度の管理体制は整えていたこと、
②本件不正行為は、通常容易に想定し難い方法によるものであったこと、
③本件以前に同様の手法による不正行為が行われたことがあったなど、Y社の代表者において本件不正行為の発生を予見すべきであったという特別な事情が見当たらないこと、
④Y社におけるリスク管理体制が機能していなかったということはできないこと、
から、Y社の代表者にリスク管理体制を構築すべき義務に違反した過失があるとはいえないと判断しました。

3.まとめ

上記の判例は大企業に関するものであり、また、現在の会社法では、いわゆる内部統制システムの構築義務は、会社法上の大会社などに限られています。
しかし、2(1)の大阪地裁判決によりますと、どのようなリスク管理体制を整備すべきかは経営判断の問題ではあるものの、会社が営む事業の規模、特性等に応じたリスク管理体制を整備することは、取締役としての善管注意義務や忠実義務の内容をなすものであるとも考えられます。
また、2(2)の最高裁判決は、不正行為に関する事例の判決ではありますが、通常想定される不正行為を防止し得る程度の管理体制を整えていたことを基準の1つとしており、コンプライアンスを重視する昨今においては、そのレベルのリスク管理体制は、会社の規模を問わず必要とされているようにも思われます。
そのため、どのような規模の会社であっても、自社の事業内容や規模に応じて、リスクマネジメントを意識した会社経営を行うことが重要であるものと考えます。

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なお、リスクマネジメントや事業継続計画(BCP)につきましては、「中小企業のリスクマネジメントと事業継続計画(BCP)」もご参照いただけますと幸いです。

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